2026/03/01 01:00
あわわ編集部
邪馬台国は阿波だった!?【古代史を通して徳島の魅力を再発見】テーマ⑰古代史特別編/世界の中の日本~前編~
どうもー。当コーナーの編集担当のタツイチです。8ヶ月前にスタートした「邪馬台国は阿波だった!?【古代史を通して徳島の魅力を再発見】」も前回で連載16回を数え、一区切りつけようというこになりました。お陰様でじわりじわりと反響があるようです(小耳に挟んだ程度ですが)。テーマによってまちまちですが、中にはあわわWEB全体の人気記事ランキングでもランクインする記事もありました。
そこで、取りまとめ担当のヤマモトタケルノミコトさんと相談し、新たなテーマ(マニアックなのもあり)で連載を続けることになりました。4月1日からシーズン2がスタートします。執筆者もシーズン1から残っていただける方6名と新たに馳せ参じてくれる方3名の9名でスタート予定です。各方面に影響力のある方も参加してくれているので、これまで以上に反響が増幅されていくのを期待しつつ。
ということで。
シーズン2の連載スタートまで準備期間が必要なので、今回と次回は特別編の記事を2本用意。
タイトルの通り、範囲を世界に広げてみました。しかも時代も卑弥呼が活躍した時代よりもさらに遡ってます。あまりに壮大すぎて都市伝説的な部分もありますが、「火のないところに煙は立たない」わけで、信じるか信じないかはアナタ次第です。徳島県民のみなさんは、信じていきませんか?
執筆者はヤマモトタケルノミコト氏。気合が入りすぎて、かなりの文字数ですが、最後まで読むと「徳島ってすごかったのかも」と感じるはず。
ぜひ、最後まで読んでくださいね。
※注※
この連載コーナーは、各執筆者の考え・主張をまとめたもので、あわわWEB編集部として特定の説を支持する立場でないことをご理解ください。内容に関する問い合わせなどにつきましては、各執筆者に直接連絡してください。
また、本記事の内容は著作権法により保護されています。無断での転載、複製、改変、及び二次利用は固く禁じております。記事自体のシェアは大歓迎です。
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【編集部よりお知らせ。】
今回の特別編【前編】と次回の特別編【後編】の後、2026年4月1日からシーズン2をスタートします。ニューカマーの執筆者も参加して、さらに盛り上げていく所存です。ご期待ください。
グレートジャーニー/ ― 文明は世界を巡り、日本へ還る -
人類はどこから生まれてどうなって今を生きているのでしょうか? 謎に包まれていますね。私は、人類は猿から進化してないのでは?と考えています(笑)。ではどこからなのか?分かりません。そもそも自分の心臓がどうやって動いているのか?どうやって呼吸しているのか?それすらハッキリ分からないです(笑)。
でも生物はシンメトリーの左右対称で、だいたいの生物は前に目があり、後ろにお尻があります。前から食べて後ろに出す。生物の左右対称の姿や植物の花びら、自然の壮大な風景、生命の営みを美しいと感じる今日この頃。本当に誰が作り出したのでしょうか?サムシンググレイトです。せめて人類の歴史については深堀したいですね。勿論、私は阿波古代大好きな人間なので悪しからず。
現在では、人類(ホモ・サピエンス)は約20万年前アフリカの大地から生まれ、6万年前ぐらいから新天地への移動が始まったと言われています(私は別説有りと考えています。それは追々に)。人類は最初AのDNA遺伝子を携え、大河や山脈、砂漠を越え、太陽の出る方向の東へ東へと進み始めたと。生物学的に遺伝子は順にAからB、BからC、CからDへと、環境に適応しながら変化を続け移動してきたようです。そして一群は、世界の東の果て日本列島へと辿り着いたと。AとBの遺伝子はアフリカ大陸を出ず、日本人は古代から(C遺伝子と)D遺伝子が多く【図②】、そこから派生したのが、E遺伝子のユダヤ人であれば日本人のほうが古い人種と言えますね。
▲図②
その東の果ての日本(パンゲア大陸の東端)で花開いたのが縄文文明で、縄文人の時代は少なくとも一万六千年以上(本当はもっと長いと思いますが)、世界の歴史の中でも最も長く続いた安定した時代だったと言われています。争いの痕跡が少なく、自然と共生し、精神性を重んじる社会。土器ひとつを見ても単なる器ではなく宇宙観を表すような芸術品であり、土偶は生命の神秘を象徴する祈りをささげる像だったと言われています。
私から見ると「縄文のビーナス」「遮光器土偶」は、宇宙と繋がってるのではと、思ってしまいます。これから世界中が縄文JOUMONに注目するのは間違いないですね。話を元に戻しますが、縄文の人々は海を恐れなかった。彼らの一部は海の一族で自在に船を操り、黒潮の流れを読み、星々の運行を知り尽くしていた。天の星神信仰―それは単なる神話ではない。北極星、オリオン、プレアデス。夜空に輝く星々は、航海の羅針盤であり、神々の座標だった。縄文の船乗りたちは環太平洋を巡り、日本と周辺の海で繋がる古代文明(環太平洋:ポリネシアン)を各地に広めたという話があり、南北アメリカ大陸に残る巨石文化や星神信仰は、その遠い記憶の名残だと言う方もいます。
インディアンは、日本人や東アジア人との共通点が多いと言われ、彼らは自然の奥深さを理解していて、巨石や大木には大地の力が宿ることを知り、それを崇め、共に暮らした。環状列石や磐座信仰は、地脈と天の力が交わる場所を見極めた証とも言われています。目に見えないエネルギー、風、水、火、そして大地の振動。縄文人はそれらを感覚的に捉え、祭祀や生活に活かしていた。現代科学で言う電磁波や波動の概念を、直感で理解していたと私は思っています。
例えば、エジプトをはじめ世界各地にあるオベリスク(方尖柱)は、目に見えないエネルギーを交換する装置と考えてしまいます。ピラミッド含め(笑)。驚くことに、日本の神社は中央構造線上に多くが建てられています【図③】。これは大地のエネルギーを活用している説や、災害を封じこめるていると言われていますが、インカのマチュピチュでも断層の上に町がつくられているようです。映画「すずめの戸締り」を思い出しますね。この共通性は何か意味があるのでしょうか。
▲図③
勿論、われらが住む四国は大陸プレートが重なり合い、山が高く谷が深い、そして地下資源鉱物、金銀銅鉄の宝庫であった。【図④】【書籍:邪馬台国は阿波だった。越智正昭氏】の書籍に書かれていますね。後編に詳しく書きますが、本当に古代史は面白いですね。また日本ではアタカムナが不思議で、カタカムナウタヒで人を癒していたと。卑弥呼がウタヒで・・・・あると思います(笑)。
▲図④
古代は自然と人との【共生】でエネルギーを交換して治癒していたと考えると今の医療より進んでいるのでは? 今は西洋医学「手術、薬、放射線」の医療が【強制】されています(笑)。勿論、古代になかった恩恵もあるかもしれませんが、人類が古代に持っていた能力の多くが失われてしまったように思えてなりません。 そして約七千二百年前、九州鹿児島の南側で大地が失われる程の鬼界カルデラの大噴火が西日本を襲います。九州から四国含む西日本は壊滅し、火山灰は空を覆い太陽を隠しました。豊かな森と海は一時的に失われ、多くの縄文人が新天地を求めて旅立ちを迎えて再び海へ出た。西へ、西へと漕ぎ進み、東シナ海を越え、大陸へ。さらに中央アジアを抜け、シュメール/メソポタミアへ至ったという大胆な仮説があります。【図⑤】
▲図⑤
突如現れた高度な都市文明、シュメール。その楔形文字、天体暦、数学(60進法)。巨大神殿ジッグラト。そこに縄文由来の星辰信仰や祭祀王と統治王の思想が流れ込んだと考える説もあります。勿論その繋がりを感じられる痕跡が多数あり、以前フセイン大統領が我々イラクの先祖と日本の天皇家の十六弁菊家紋は同じ紋章で古代から関係性があると言っていました。現在でもイラクのイシュタル門、イスラエルのヘロデ門は同じ紋章ですね。また面白い話で、シュメール神話は、7つ首の竜『ムシュマッへ』を倒して『武神の剣』を手に入れる神話があり、『ムシュマッへ』とはシュメール語で「巨大な蛇」という意味で、この地域で見つかっている円筒印章や陶器には、7つ首の怪物が描かれています。
シュメールの三種の神器は、日像鏡(太陽を象徴する鏡)、月像の首飾り(月を象徴する装飾品)、武神の剣(戦いの神に関連する剣)と言われ、日本の三種の神器、八咫鏡(やたのかがみ): 真実を映し出す鏡で、天皇の正当性の象徴。天叢雲剣(草薙剣)(あまのむらくものつるぎ): 勇気と力を象徴する剣で天皇の権威の象徴。八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま): 和を象徴する勾玉で人と人を結ぶ役割。 三種の神器は、日本神話において天照大神が孫のニニギノミコトに授けたとされ、天孫降臨の際に地上を治めるための証として与えられました。これらの神器は現在でも天皇の即位の際に重要な役割を果たし、皇位の正統性を示すものとされています。正直そっくりすぎますね。もとは「シュメール」ではなく、「スメラ」と言われていたようで、天皇も(すめらみこと)と言われていたので類似性があるだけで片づけられる話ではないですね。
古代阿波の霊部(れいべ/物部の先祖)は、天の星神信仰・地の蛇神信仰があり、この末裔の方は今も徳島にいらっしゃって、はっきりとシュメールから繋がっているとご自身でおっしゃっています。また言語では膠着語的構造が日本とシュメールの特徴とも言われていますね(膠着語とは実質的な意味をもつ独立した単語に文法的な意味を示す語が結び付くことで意味を表す言語)【例:日本語では、「食べる」「食べた」「食べない」等、動詞に助動詞を付けることで異なる意味や時制を表現する】。
もちろんウバイド人がシュメールに大きな影響を与えた説もあり、一概には言えませんが、ロマンあふれる古代史の謎ですね。 そこでまたビックリする話をひとつ。高根正教氏と高根三教氏/神奈川生まれの高根親子が、当時日本で、聖書研究の第一人者として国内外から高い評価を受けており、一時はイギリスでもカンタベリー寺院の僧正に迎えようという動きがあったほどの「聖書の高根か高根の聖書か」と世界が認めた方が、徳島の剣山を昭和11年から捜索し、山頂近くから石板などを発見されました。
また高根先生は五十音言霊(ことだま)の秘儀を実施検証され、その時の書籍や動画では「旧約聖書は古代日本人が書いた。666の数字が読み解けるのは日本人のみ」や、「剣山山頂人工説/剣山にイスラエルの秘宝アークが保管されている」等々、今でも驚くような研究結果を、現在ほど情報がとれない時代にされていました。その後、剣山国定公園化により、発掘中止命令が出されてしまいました。その時に設立された剣山顕彰学会は現在も活動されています。つるぎ町の地蔵時には高根資料館が開設されており、多くの観光客が日々訪れています。また剣山が古代から聖なる山であることを地蔵時の粟飯原住職(剣山ガイドスペシャリスト)と木内鶴彦氏(臨死体験者)が証明してくれています。その話はまた後日機会があればさせて頂きます(笑)。
余談ですが、剣山は国定公園ですが、山頂は個人で所有されており、今後、山頂で「感謝と祈り」の準備がされる予定です。皆さん楽しみにしていてください。もとの流れに戻りますと、その文明は神話から見ると、やがてエジプトへ、ギリシャへ、イスラエルへと繋がっているように思います。聖書繋がりで話しますと、始祖アブラハムは、シュメール(カルデア/メソポタミア南東部)の首都ウルで生まれますね。そして子孫がエジプトへ。世界の神話の神々の多くはエジプト発祥です。本当にピラミッドの星配列は何でしょうかね?宇宙との繋がりはあったのでしょうか。そんな中、多くの方に教えて頂きましたが、ホンマかいなという話をいくつか披露させて頂きます(笑)。
エジプトのピラミッドは、日本の飛騨から言った石工職人が最初に技術を教えて建てたそうです。エジプトの神官マネトの日記には東の果てから来た人々が中心に建てたと。また日本の初代神武天皇の兄の三毛入野命(ミケイリノミコト)がエジプトに渡り、ミケイリノス(ギリシャ読み:メンカウラー)と呼ばれるファラオになり、ピラミッドを建てたと。また別説では、映画ハンナプトラに出てくる大神官:イムホッテップが初めてピラミッドを建設し、その末裔(もしくは先祖)がイム(忌)部ではないかと・・・。出雲の大社とギザのピラミッドの階段が同じサイズと作りではと・・。超怪奇な謎もネット界隈でよく聞きます。
最近はさらに地下で見つかったと言われる未知の空間と構造物。考えるだけで頭パンクです。ただあの大きい石を人が複数人とは言え運んで隙間なく積み上げるのは人類では不可能と思います。最近は錬金術師が波動や振動もしくは音を当てて、重量を軽くして運んだとの話も聞きますが、そうであればかなり大きなロストテクノロジーですね。人類とは何者なのか?もしくはそれ以上の生物がいたのでしょうか?【図⑥】。執筆しながら謎が深まっています(笑)。
▲図⑥
旧約聖書の出エジプト記を読むと明らかにエジプト文明は栄えており、人類の最高の栄華を誇っているように見られます。もちろん、あくまで聖書の教えの角度で見ると主役はイスラエルの民で、アブラハムの子孫のモーセが人々を連れてエジプトから脱出する話になります。エジプトでイスラエル人は爆発的に増えますが、不当な扱いに耐えられず、神との約束の地カナンを目指して脱出します。この章で私が一番気になるのは、旧約聖書「出エジプト記」12章に記された家の鴨居と柱に赤(羊の血)を塗るエピソードの「過越(すぎこし/ペサハ)」の祭りです。十の災いを避けるために始まりますが、日本の赤い鳥居の由来はココから来ていて、世界が繋がっているのを実感します【図⑦】。
▲図⑦
その証拠に今から6000年前にはエジプトと日本の瀬戸内海は船で貿易していた記録がエジプトの石板に刻まれていると少し前に教えて頂きました。という事は、縄文人は丸木船で世界を航海しておらず、立派な帆船で貿易をしていたことになりますね。いったい何を運んでいたのでしょうか?今も昔も海を制する者が世界を制するのですね。今もシーレーンが大事でエネルギーの輸送海上航路で各国が力を入れていますね。 イスラエルの建国については旧約聖書の神話からしか読み解けません。現在は紀元前1200年前後に「海の民」のペリシテ人(イスラエル人のライバル)と、山岳地域からカナン地方に進出したイスラエル人が、衝突を繰り返したようです。ただイスラエル人の出自は詳しくは不明で、考古学者や歴史学者にはメソポタミア北西部からの移住だとする見方もあるようです。
今に続く紛争の、「パレスチナ」は、元々「ペリシテ人の土地」という意味と聞いて、何千年争ってるだと驚愕してしまいます。 また話は変わりますが、旧約聖書はヘブライ語95%(5%程度アラム語)、新約聖書の原書はギリシャ語で書かれています。私の知り合いに阿波忌部の末裔で郷土史家の北野晃司さんがいらっしゃいます。セラピストでもあり、多くの徳島県人の足の形を見られていて、面白いお話を教えてもらいました。先祖によっては足の形が違い、エジプト足は形が「親指が長くゆっくりと小指のほうに短くなる」。ギリシャ足は形が、「親指より人差し指が長い」ようです。そして徳島はギリシャ足が多いという土地柄で、日本では珍しいと言う話だったと思います。
詳しくは是非「阿波ヤマト財団」のYoutubeをご覧ください。この話を聞いて推測するとギリシャから船で来た人も多いのかと思いました。 よく聞くイスラエルの話を簡単にまとめると、ダビデは南部のユダ族をまとめて王国を建てた。北部イスラエルは、イシュバールを王とし、マハナイムを中心に王国を建てた。これら二王国は7年以上争い、イシュバール王の死後、両国はダビデを王として認めることで和解し、紀元前995年頃にダビデは両王国の中心に位置するエルサレムにいたエブス人とペリシテ人らを倒して、イスラエル王国(統一王国)を築いた。ダビデの死後、紀元前963年にその子の一人ソロモンが国王を継ぐ。
ソロモンは引き続き国の体制を整え諸外国との交易を盛んにし、エルサレムに大きな神殿(エルサレム神殿)を建てた。この神殿は後世、第一神殿と呼ばれることになる。ソロモンの死後、部族間の抗争により統一体制は崩れ、やがて10部族がイスラエル王国(北王国)として独立し、南のエルサレムを中心とするユダ王国(南王国)と分離した。以後両国は盛んに争って国力が衰えた。その後、北王国の首都サマリアは紀元前721年にはアッシリアによって滅ぼされ、北のイスラエル人たちは国を追われ離散して、後に「失われた十部族」と呼ばれている。
一方の南ユダ王国はヒゼキヤ王のときにアッシリアとの間に戦争で陥落されそうになり、和議を結んで貢納国として独立を保ったが、 前612年にアッシリアが新バビロニアに滅ぼされ、その後、前597年、新バビロニアがエルサレムに侵攻。また前586年にエルサレム城壁が崩され、神殿は破壊され、ユダ王国は滅亡、ユダヤ人は捕囚される。旧約聖書を丁寧に読み解くとこの期間に大預言者イザヤにより、第一神殿から契約の箱アークが持ち出されたのは間違いなさそうです。この南ユダの民が東を目指してアークに三種の神器(アロンの杖、十戒の石板、マナの壺)を入れて移動したと言われています【図8】。
▲図⑧
北イスラエルの「失われた十氏族」と南ユダの一族が東を目指した。旧約聖書の記述をヒントに読み解いたのが先にも述べた剣山に繋がる高根正教氏ですね。またこの話の続きは後編でも。 自然崇拝、磐座、巨石信仰、巨石神殿、太陽神信仰、契約の箱の思想―世界各地が古代から繋がっているように見られ、共通項のから源流を探ると面白そうです。その中でもDNAの科学的見地が大いに物事の考え方を進めそうですね。日本人のDの系譜からEと呼ばれる民族(ユダヤ人の先祖)が誕生し、旧約聖書が書かれたという壮大な物語を執筆させて頂きました。都市伝説の主役:①イスラエル人②シュメール人③日本人(倭人)との繋がりは、どうなのでしょうか? 歴史は一方向ではなく、西へ向かった人々の流れが、再び東へと回帰します。
【後編】では中国大陸と日本も並べて執筆します。 まだ進捗がココなので後編で纏めて終えられるか不安ですが、お楽しみにお待ちください(笑)。
【執筆/ヤマモトタケルノミコト】 [問い合わせ先]heartfull80@gmail.com |
ヤマモトタケルノミコト氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶邪馬台国は阿波だった!(YouTube)
▶▶アワテラス歴史研究所アワラボ(Facebook)
▶▶一般財団法人阿波ヤマト財団(公式HP)
テーマ⑰【完】。
次回のテーマ⑱は・・・
古代史特別編 世界の中の日本 ~後編~
記事公開日は2026年3月15日(日)。乞うご期待
*なお。テーマ⑱の後、テーマ⑲からシーズン2がスタートします。乞うご期待。










