歴史・文化
2026/04/01 01:00
あわわ編集部
邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


古代史を通して徳島の魅力を再発見するために連載スタートした「邪馬台国は阿波だった!?」。シーズン1の16話+特別編2話では書き足りないことがまだまだあるということで、なんとなんとシーズン2突入でございます。シーズン1を通して、徳島県民のみなさまへ多少なりとも周知できたのではと思っていますが、老若男女全ての県民に認知してもらえるようシーズン2もパワーアップして続けていく所存です。
シーズン2からニューカマーの執筆者も3名加わり、新たな視点・論説を繰り広げてくれることに期待してます(シーズン1から引き続き執筆していただける5名の皆様にも多謝致します)。
ということで!
この連載を読みながら邪馬台国阿波説に誇りを持ち、畿内説や九州説に負けず劣らず盛り上げていきましょう。

この企画の実はすごいところ
「邪馬台国は阿波だった」と説を唱える人たちでも詳細の各論では完全一致していなくて(そこがまた歴史ロマンにあふれている!)、それぞれ積み上げてきた研究で自身の説を発信しているのが現状。
そこでタウン誌としてできることは何かと考え、それぞれの説を一同に掲載するまとめ記事を企画しました。1つのテーマについて、それぞれが自身の論を展開していく・・・。説を横串にしたことで、微妙な違いを比較することが可能に。
ここが実はすごいところなんです。そんな
無謀かつ挑戦的な企画にもかかわらず、快諾していただいた執筆者のみなさんには頭が下がります。それも一重に邪馬台国阿波説を今以上に拡散していこうという想いから実現できました。

※注※
この連載コーナーは、各執筆者の考え・主張をまとめたもので、あわわWEB編集部として特定の説を支持する立場でないことをご理解ください。内容に関する問い合わせなどにつきましては、各執筆者に直接連絡してください。
また、
本記事の内容は著作権法により保護されています。無断での転載、複製、改変、及び二次利用は固く禁じております。記事自体のシェアは大歓迎です。



邪馬台国は阿波だった!?【シーズン2】1話目/オオゲツヒメとは


通説
オオゲツヒメ(大宜都比売、大気都比売神、大宜津比売神、大気津比売神)

『古事記』の神話に出る食物の女神オオゲツヒメという名称は「大いなる食物の女神」の意味である。『古事記』においては、伊邪那岐命と伊邪那美命の国産みにおいて、伊予之二名島(四国)の中の阿波国の別名として「大宜都比売」の名前が初めて現れます。『古事記』では、四国は島のみならず一身四面の神としても表現されています。その後の神産みにおいて、他の生まれる神々に混じって同名の「大宜都比売神」が再度生まれている記述があり、高天原を追放された須佐之男命に料理を振る舞う神としても「大気都比売神」が登場する。

説話:高天原を追放された須佐之男命は、空腹を覚えて大気都比売神に食物を求め、大気都比売神はおもむろに様々な食物を須佐之男命の前に差し出した。様々な食べ物を差し出してきた大気都比売神を不審に思った須佐之男命が食事の用意をする大気都比売神の様子を覗いてみると、大気都比売神は鼻や口、尻から食材を取り出し、それを調理していた。須佐之男命は、そんな汚い物を食べさせようとしていたのかと怒り、大気都比売神を殺してしまった。すると、大気都比売神の頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた。これを神産巣日御祖神が回収したと言われています。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲オオゲツヒメ「八百万の神の浮世絵師 持田大輔氏」。






藤井榮氏の説/五穀主宰神「大宜都比売」(別名「豊宇気比売」)


(「狐」は「大宜都比売」とは無関係です。こだわられる方は坂東一男著『狐の帰る國』150頁をご一読あれ)
◆『丹後国風土記(逸文)』に「奈具社(なぐしゃ)」として、次のような伝説が書かれています。 ◆折口信夫著「日本文学の発生 序説」(角川文庫101頁)に分かりやすい現代語訳(意訳)・解説がありますので、かいつまんで引用させていただきます。 ◆「比治(ひじ)山の上に麻奈井(まない)という沼があり、山の麓に住む翁夫婦に和奈佐老夫(わなさおきな)・和奈佐老婦(わなさおみな)というのがいた。麻奈井に天女八人が来るのを知って、そのうちの一人の衣装を隠した。そうして家に連れ帰って養うた。天女が来て後、家は富み栄えた。その後夫婦の者、天女にしばらく住ませたばかりなのだから出て行けと言うて追い出した。天女、久しく人間に沈んで天に還られなくなったことを悲しみながら『天の原 ふり放け見れば 霞立ち 家路まどひて 行方知らずも』と歌うてさすらいの途をたどった。荒塩(あらしお)村に来て、翁夫婦の心を思えば、わが心荒汐のように怒り立つと言うた。その後これが村の名となった。哭木(なきぎ)村に行って槻(つき)の木に凭(もた)れて哭いていた。それからして哭木という村の名になった。船木里奈具村にいたった時、村人に向かって我が心和(なぐ)しくなりぬと言ってこの村に留(とどま)りおることになった。それで、村の名も天女を祀った社の名も奈具ということになった。」

◆「こういう伝えだが、この社は酒および食物をつかさどるとせられていた。こういう特徴のあるだけに「わが心なぐしくなりぬ」という境涯に達したことが、餓え衰えてたおれ、そこに転生して食物の霊となられたことを示したと見てよいのである。」折口信夫がこのように解説した天女こそ豊宇気比売(とようけびめ)神なのです。 ◆豊宇気比売神は伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)二神の御子和久産巣日(わくむすび)神※1の娘神(豊受大神)で食物を掌る女神。この「とよ」は美称の接頭語で、「うけ」は「宜(け)」と同じく食の意です。天下万民の食物を主宰する産巣(むす:生成)の大神で伊勢皇大神宮(いせこうたいじんぐう:内宮)の御饌都(みけつ)神として伊勢の外宮に斎(いつ)き祀る神です。

◆止由気宮(とようけぐう:外宮)儀式帳※2によれば、第21代雄略天皇の御世、ある晩天皇の夢枕に天照大神が立たれ、「自分一人では不便で食事も安らかにできないので、丹波国比沼真奈井(ひぬまのまない)にいる吾が御饌(みけ)の神、等由気(とゆけ)大神を呼び寄せ給え。」と申されたので、天皇は驚き目覚め、丹波国から伊勢の度会(わたらい)の山田の原に遷宮し給い、大宮を建てて鎮座なされたとされています。

◆天の羽衣伝説の豊宇気比売について興味深い解説をされている書がありますのでご紹介させていただきます。 ◆「『丹後国風土記』にはこの老夫婦の名を和奈佐(わなさ)と出ているが、この豊宇賀能売(とようかのめの)神を宣布(せんぷ)した神人集団の名であったといわれている。 ◆「出雲国風土記」に阿波枳閉和奈佐比古命(あわきへわなさひこのみこと)という神名が出ているところから考えるとアワキヘは阿波から来たという意味を示すので、この神人集団の本拠は阿波国であったといえるし、延喜式神名帳には阿波国に『和奈佐意富曾(わなさおおそ)神社』の名も出ている。 ◆これは穀神である豊宇賀能売神を奉ずる和奈佐神人集団の信仰と宣布を示しているし、この神が漂泊したのち奈具の社に止まるということは、この神人集団が回国宣教(かいこくせんきょう)していたことを物語っているといえよう。」(川口謙二編著「日本の神様読み解き事典」柏書房174頁)

◆食物を掌る神といえば誰でも先ず第一に思い浮かべるのは、大宜都比売(おほげつひめ)神ですね。伊邪那岐・伊邪那美二神の御子で五穀の主宰神とされています。「大」は尊称(美称)で食物を掌る神の意。「宜(け)」は御膳(み け)のけで、「け」は「うけ」ともいい食物の総称です。 ◆古事記「国生み」条においては「粟國(あはのくに)は大宜都比売と謂う」と書かれており、まさに阿波国を象徴する神様です。 ◆「天の石屋戸・五穀の起源」条では、高天原から追放された須佐之男命が大宜都比売神に食物を求めたところ、比売神は鼻・口・尻から種々の食物を出したので命はこれを穢いものと怒り比売神を殺してしまった。すると比売神の死体の頭から蚕、両眼から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生えてきた。そこで神産巣日(かみむすび)神がこれを取って種子とした、と書かれているとおり五穀誕生の神です。

◆この記述は阿波国より衣布は勿論のこと、主要産物の原種が作り出されて我が国全土に広まったということをはっきりと明記して日本国民に知らしめているのです。今、神山町神領の「上一宮大粟神社」で祀られています。 ◆このように見てくると、どうやら豊宇気比売神は大宜都比売と同一の阿波神(象徴神)だと考えられるのです。大宜都比売は五穀阿波を象徴する食物神で阿波から全国へ拡がり、その役割の中心を担ったのは全国へ進出して諸国の開拓を行った阿波の海人3部族の一つ県南の加茂(鴨)族で、その祖神が須佐之男命、つまり和奈佐比古命ということなのです。 ◆この和奈佐比古命が諸国で大宜都比売を回国宣教する中、地方によっては五穀(食物)神は豊宇気比売神となったり、また宇迦之御魂神※3となったりしたと考えられるのです。

◆折口信夫が「比沼・奈具の神も、阿波から持ち越されたおおげつひめであり、とようかのめであり、外宮の神だとも言えよう。」(「古代研究Ⅰ民俗学篇1」角川ソフィア文庫105頁)と述べているとおりです。 ◆またこうも述べています。「…この天女(豊宇気比売)は同じ山陰道ながら歴史事情のすっかり違ったはずの出雲国でも祀られていた。弥努波(みぬは)というのがこの天女の名である。数箇所にこの名の社があり、また真名井社というのも祀られている。…」、 ◆「…この処女(おとめ)神であり髫髪(うない)神であるところのみぬはの神を守って(阿波から)対岸の山陽に渡り、山陰へ廻って行った信仰宣布の径路を考えれば、出雲で阿波枳閉委奈佐比古命というのは、丹後の和奈佐老夫であり、またここ(阿波)の和奈佐意富曾に当たるらしいことが考えられる。 

◆すなわち、瑞々しく若やかな神を斎いて、その信仰を広めて廻国した神人が、その仕えた神のさらに尊く神成り給うたのにつれて、そのみずからもこの世を去って後、神と祀られることになるのは、まず順道の信仰だ。出雲および元の国阿波での神名の伝えも、それ故あったわけなのだ。」(「日本文学の発生 序説」角川文庫102~103頁) ◆まさに“神をはぐくみ申す者”の国、それが“旧国中の旧国”阿波という国なのです。

※1 伊邪那美神が火の神「火之迦具土(ひのかぐつち)神」を産んで陰所(みほと)を焼き伏せていた折、尿(ゆまり)より化生した水の神「弥都波能売(みつはのめ)神」の次に生まれた穀物の生育を司る神で、豊宇気比売神の出現の伏線的存在としての意義があるといわれています。
※2 豊受大神宮(とようけだいじんぐう)に関する祭儀・由来等を記した書(延暦23(804)年)
※3 古事記では須佐之男命と神大市比売(かむおほいちひめ)命との間の御子で、神名の由来は、「宇迦(うか)」は「うけ」に通じ、「食」と同じで食物の意味。「稲に宿る神秘的な精霊」という意で五穀(食物)を司る神とされる。稲の精霊を神格化した神で多く「稲荷神社」(稲成り)の祭神となっている。日本書紀の「倉稲魂命」と同一神) 

【参照リンク】
① YouTubeチャンネル古代史塾 「和奈佐比古と五神塔が示す五穀神:島根~京丹後」(前編)
 YouTubeチャンネル古代史塾 「和奈佐比古と五神塔が示す五穀神:島根~京丹後」(後編)
③ 小著 『甦る皇都阿波(ヤマト)への旅』テーマ17(68~72頁)(Amazon電子書籍・印刷本)

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲京丹後市弥栄町船木奈具「奈具神社」。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/藤井榮(ふじいさかえ)】
昭和24年美波町(旧日和佐町)生。平成22年徳島県庁退職。平成26年本格的に阿波古代史の勉強を開始、平成27年「邪馬台国阿波説入門講座」(現「阿波古代史講座」)を開講、令和4年2月古代史塾を起こしHPを開設してYouTube動画配信を開始、同年4月『古代史入門』、同6年2月『甦る皇都阿波(ヤマト)への旅』をそれぞれAmazon電子書籍・印刷本出版、現在に至る。

[問い合わせ先]sakae-f-1949@ma.pikara.ne.jp


藤井榮氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶古代史塾(公式HP)
▶▶古代史塾(YouTube)






山内雄二氏の説/阿波の女神・大宜都比売と五穀発祥の地「青井夫」の考察


阿波国の神名「大宜都比売」は、日本神話における食物・穀物の女神であり、再生と循環の象徴である。この女神を祀る上一宮大粟神社(名西郡神山町)や一宮神社(徳島市一宮町)などの存在からも、阿波地域における信仰の深さが伺える。本稿では、神山地域に残るこの女神ゆかりの地名に注目し、その背景を考察したい。

『古事記』では、高天原を追放された須佐之男命が、大宜都比売に食物を乞う。彼女が自らの体(鼻・口・尻)から食物を取り出す様子を見た命は、これを穢れた行為と憤り彼女を殺害する。その亡骸からは五穀が生じ、神産巣日神がその種子を採取したと記されている。

一方、『日本書紀』では、月夜見尊と保食神(うけもちのかみ)が登場する。月夜見尊は、姉の天照大神の命により保食神のもとへ赴き饗応を受けるが、口から食物を出して料理するのを見て嫌忌し殺してしまい、天照大神の逆鱗に触れた。そのあと再調査を命じられた天熊人(あめのくまひと)は、保食神の亡骸から生じた牛馬や五穀を回収して高天原に持ち帰り、天照大神に奉った。天照大神は、「これらの物は“顕見蒼生”が食して生きるべきものである」と大いに喜び、稲の種を「天狭田(あまのさだ)」および「長田」に植えさせたと記されている。

筆者が注目するのは「顕見蒼生」という言葉で「顕見」は現世、「蒼生」は人民を指す。『日本書紀』には「宇都志枳阿烏比等久佐(うつしきあおひとくさ)と云う」と、音仮名表記されている。この読みは、黄泉から逃れた伊耶那岐命が桃の実に向かい、「吾を助けしが如く、葦原中国の“宇都志伎青人草(うつしきあおひとくさ)”が苦しみ患い悩むとき、これを助けよ」と述べたとする『古事記』の一節に由来するものと思われる。

「蒼生(そうせい)」を訓読すれば、「あおいうぶ」、あるいは壬生(みぶ)の如く「あおいぶ」と読める。興味深いことに、名西郡神山町神領の小字に「青井夫」という地名がある。『角川日本地名大辞典・徳島県』によれば、その読みは「あおいぶ」とされる。また、『阿波志』にも「青井部名」との表記が見られる。現在の「青井夫」は、大宜都比売を祀る上一宮大粟神社(神山町神領字上角)の近くに位置する。

さらに、国道438号を東へ進んだ鬼籠野神社とのほぼ中間地点にあたる。青井夫谷沿いの小丘には、苔むした古社である青井夫八幡神社が鎮座している。この一帯こそが、大宜都比売、あるいは保食神の亡骸から生じた五穀の種子を採取し、人民に頒ち与えた場所、すなわち我が国における五穀発祥の地ではないかと思いを致せば、まことに感慨深い。

青井夫周辺にはほかにも神話との関連を想起させる地名が密集している。例えば、東隣には須佐之男命の八岐大蛇退治伝承で知られる「鬼籠野」地区、北方には奇稲田姫と住んだとされる「須賀山」、さらに下れば姫の実家ゆかりの「名田河」に至る。また東方には、昭和42年発行の『佐那河内村史』によると、大化の改新以後に名方郡佐那県(さなのあがた)、896~940年頃には名東郡狭長村(さながむら)と称した佐那河内村がある。天照大神が稲の種を植えさせたとされる「天狭田」と「長田」は、現在の佐那河内村に比定される。ちなみに、この村の棚田米は古くから名高く、天皇家への献上米としても知られている。

あくまで筆者の仮説ではあるが、五穀豊穣をもたらした大宜都比売(保食神)の神話の舞台が阿波国神山町神領周辺であると伝え聞いていた住民が、『日本書紀』の記述に因み、その地を「青井夫」と名付けたのではないかと考える。

死体から作物が生まれる神話は世界各地に見られ、大宜都比売も象徴的な存在であるとする説が一般的である。しかしながら、記紀が何らかの歴史的事実を反映していると仮定するならば、阿波に残る「青井夫」という地名は、五穀の恵みを享受し始めた古代の人々の記憶や、民草への深い思いが刻まれたものといえるのではないだろうか。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲神山町神領字青井夫。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/山内雄二(やまうちゆうじ)】
昭和27年4月、鳴門市に誕生。小学校1年より徳島市南二軒屋町に居住。大学在学中は、山歩き、ジャズ鑑賞、読書が趣味。卒業後、神戸の会社に就職し神戸市垂水区に居住。65歳で職を辞し、徳島に帰還。「うちのかみさん」と国府町で二人暮らし。阿波説の魅力に取りつかれて20年。徳島歴史研究会で年一回、自説の阿波古代史を発表。今年で16回。国府町の「一般社団法人・大御和神社・崇敬会」の事務局を夫婦で運営。

[問い合わせ先]090-1136-7625






ANYA氏の説/


ANYA氏は、今テーマにつきましてはテーマの内容に鑑み、休載となりました。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/ANYA(アンヤ)】
人気の大阪在住の古代史YouTuber。書籍「決定版 阿波の古代史 邪馬台国は阿波だった」。邪馬台国・阿波説ブームのきっかけを作った「ANYAチャンネル」の動画が一冊に! 阿波(徳島)から日本が始まった。日本の起源も邪馬台国も四国にあった。邪馬台国・阿波説ブームのきっかけを作った「ANYAチャンネル」の動画が一冊に! 歴史から消されてきた阿波の古代史が明らかになる。ヤマト政権から天皇家の起源などに関して独自の見解を述べる。 

[問い合わせ先]anyautb@gmail.com


ANYA氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶ANYAチャンネル(YouTube)







中年タケシ氏の説/生命の循環と再生の女神


こんにちは中年タケシです。日本最古の歴史書「古事記」において、ひときわ異彩を放つ女神、大宜都比売神(オオゲツヒメ)。彼女は単なる「食べ物の神」ではありません。死をもって生を育む「自然の循環」そのものを体現する、日本最古の農業神なのです。オオゲツヒメの最期は衝撃的です。スサノオに対し、自らの鼻や口、さらには尻から取り出した食材で饗応した彼女は、「汚らわしい」と激昂したスサノオに斬り殺されてしまいます。

しかし、その遺体からは驚くべきものが溢れ出しました。頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、股から麦、尻から大豆。現代の感覚では「汚れ(ケガレ)」とされる死体から、なぜ神聖な五穀が生まれたのか。そこには、古代人が見つめていた「自然の循環思想」があります。「土(自然)から食物が成る。それを食べた命が排泄し、やがて土に還る。その肥えた土から再び豊かな食物が生成される」。

古代人は、自らの無力さを知っていたからこそ、この不思議な連鎖に神性を見出しました。死は終わりではなく、次なる生命への「供物」であり、再生へのステップなのです。オオゲツヒメが「古事記」に繰り返し登場するのは、彼女が「永遠に循環する生命」の象徴だからに他なりません。

阿波の国に刻まれた女神の記憶。
国生み神話において、阿波国の別名は「大宜都比売」と記されています。阿波の地は、まさに女神が五穀をもたらした伝説の舞台であり、今もなおその息吹を伝えています。オオゲツヒメの物語は、死体から五穀が生まれるという衝撃的な「再生」の物語ですが、その再生の舞台である阿波には、もう一つ「生命の根源」を象徴する色が隠されています。それは、稲荷神社の象徴でもある「朱(あか)」です。

稲荷神社の鳥居が鮮やかな朱色に塗られている理由は、一般的に「魔除け」や「生命の躍動」を表すとされています。しかし、その物理的な起源を辿ると、古代阿波の地が浮かび上がります。かつて「若杉山遺跡」などでは、天然の防腐剤・顔料となる水銀朱(辰砂)が豊富に採掘されていました。阿波の別名を持つオオゲツヒメが、その特産品である「朱」を纏って全国へ広がり、各地の稲荷神社の鳥居を赤く染めていった……。

そう考えると、私たちが今日目にする赤い鳥居の列は、阿波の女神が流した「再生の血」であり、枯れることのない生命循環のネットワークそのものに見えてきます。自然をコントロールできない時代、人々は女神の命を分かち合うことで、自らの命を繋いできました。「汚れたもの」から「神聖なもの」が生まれる矛盾。それは、泥の中から清らかな花を咲かせる蓮のように、この世界の真理を突いています。飽食の時代に生きる私たちこそ、オオゲツヒメの物語を通じて、食卓の向こう側にある「生命の循環」に目を向けるべきではないでしょうか。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲上一宮大粟神社とオオゲツヒメ。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/中年タケシ】
「難しい歴史の話は抜き!」をモットーに、徳島の史跡をユルく楽しく巡るYouTuber。キャンプ好きが高じて阿波の歴史の奥深さに目覚め、現在は「歴AWA(レキアワ)」として活動中。中年タケシならではの等身大の目線で、地元の何気ない景色に隠された壮大なロマンを軽妙に綴る。

[問い合わせ先]なし


中年タケシ氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶中年タケシの『歴AWA』でOK!(YouTube)







オキタリュウイチ氏の説/オオゲツヒメと豊受大神、そして阿波(徳島)の関係


日本の神様たちのルーツを辿ると、実はこの「阿波」という場所がとんでもなく重要な鍵を握っている。実は、阿波には古代の神々、イザナミ・イザナギより古い神々も多く祀られている。

◾️食べ物の神様、オオゲツヒメの衝撃的な最期今日は、オオゲツヒメ(大宜都比売神)について語っていこう。この女神は『古事記』において、国生みの際に「阿波の国」の「別名」として登場する、まさに阿波そのものの神様なんだ。彼女のエピソードで有名なのは、鼻や口、お尻から(!)美味しい食べ物を出してスサノオをもてなそうとした話。でも、その様子を見たスサノオが「汚いものを食べさせようとしている!」と勘違いして、彼女を斬り殺してしまう。すると、彼女の死体から稲、粟、麦、豆、蚕などが生まれた。これが日本の「食物起源神話」なんだ。ここで注目したいのが、彼女の別名が「阿波」であること。つまり、「日本を支える食べ物のルーツは阿波にあるんだよ」と神話が告げているんだ。

◾️伊勢の外宮は、阿波に存在した伊勢神宮の外宮にお祀りされている豊受大神(トヨウケノオオカミ)の事はみんな知ってるかな?豊受大神は、天照大御神(アマテラス)に「一人で食事をするのは寂しい。食事の世話をしてくれる神様が近くにいてほしい」と呼ばれて伊勢にやってきて、天照大御神と同じ待遇で伊勢の外宮に祀られている。しかし、神道辞典を開くと、「豊受大神とオオゲツヒメは、同じ神様である」と書かれている。また、伊勢神宮の聖典である「神道五部書」にも、伊勢の外宮の神主は、阿波の忌部神社・天村雲神社からやってきた、と書かれているんだ。

◾️オオゲツヒメは、どこにいる?オオゲツヒメが祀られているのは、徳島県名西郡神山町神領西上角330に鎮座する式外社「上一宮大粟神社」である。また、徳島市一宮町西丁237の「一宮神社」には、蜂須賀公がお参りしたい為に、その分霊が祀られている。いま、この「上一宮大粟神社」は、氏子の高齢化で祭を盛り上げてくれる人々を探している。日本の食を司る我らの女神が、放置されつつあるのだ。

それはヤバい!うちらにも何か協力させて!という、そこのあなた。是非直接私にメッセージしてください。一緒に上一宮大粟神社を盛り上げよう!

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲上一宮大粟神社「阿部宮司とオキタ」①。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲上一宮大粟神社「阿部宮司とオキタ、神霊」②。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/オキタリュウイチ】
オキタリュウイチ ディープ・ブランディング株式会社代表  元真言宗・僧侶 徳島県生まれ。早稲田大学中退。行動経済学に基づく経済心理学を独自の手法でマーケティングに応用し、数々の老舗企業再生等を行う。京都の老舗米屋を2400万円から20億円の売上にするなど、驚異的な成果を生み出す傍ら、同時に社会活動家として、自殺者撲滅や日本財団と共催し障害者の起業支援を行うなど、社会的課題の解決に取り組む。近年は、社団法人「日本神社再生機構」を立ち上げ、滅びゆく日本の神社の再生に従事する。 

[問い合わせ先]office@deepbranding.jp


オキタリュウイチ氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶公式ホームページ






百万平氏の説/オオゲツヒメと狐


古代史を考えるうえで興味深いのが、オオゲツヒメと狐がどのように結びついていったのかという点です。その手がかりの一つが阿波国の上一宮大粟神社です。本殿は朱色に塗られ、稲荷社を思わせる姿をしており、同社は「総稲荷」とも呼ばれています。主祭神は食物生成神オオゲツヒメですが、稲荷神として信仰される宇迦之御魂神(ウカノミタマ)と神徳が重なるため、穀霊信仰と稲荷信仰が一体化して理解されてきました。ウカノミタマは「穀物の霊」を意味し、実りそのものの力を神格化した存在です。

さらに中世になると、狐に乗る密教尊・荼枳尼天(ダキニテン)が稲荷の本地仏とみなされ、神仏習合によってオオゲツヒメ(食物の起源)―ウカノミタマ(穀霊)―稲荷―狐―ダキニ天という連なりが宗教的に補強されました。こうして本来別系統だった神格と狐が、信仰の中で自然に結びついていったのです。

一方で、この食物神話を別の角度から見る鍵がネズミの存在です。ネズミは穀物を食い荒らす害獣ですが、その語源は「根住み」、すなわち作物の根に棲むものとする説があります。ここで『古事記』のオオゲツヒメ神話を思い出すと、須佐之男命が彼女を斬り、その亡骸から五穀が生まれました。破壊の行為が結果として食物生成の契機となったわけです。農耕の現実では穀物の根を侵す「根住」が収穫を脅かし、それを捕食して抑えるのが狐でした。

こうして、食物を生み出す神話、根を侵す害獣、そしてそれを制御する守護獣という関係が重なり合い、神話と生態が象徴的に結びついて理解されていったと考えられます。このように見ると、オオゲツヒメと狐の結びつきは偶然ではなく、穀物の生成・霊威・守護という多層的な信仰構造の中で形づくられてきたものだと言えるでしょう。

上一宮大粟神社、大好きな神社です。また参拝したい!

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲上一宮大粟神社の本殿。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/百万平(ひゃくまんぺい)】

沖縄在住 観光業に携わる傍ら、趣味で古代史をテーマにした漫画やブログ、作曲を細々とおこなう。好きな都道府県は徳島県。【古代史経歴】●2020年、日本の古代史に興味を持つ。●2021年、出張の合間を縫って各地の神社巡りを開始。●2023年、阿波徳島の重要性に気づき魅了される。同年、Instagramで阿波古代史をテーマにした漫画『籠の中の卑弥呼』連載開始。ヤマモトタケルノミコトさんにいつかお会いすることを夢見る。●2024年、ヤマモトタケルノミコト氏のラジオに出演し夢叶う。

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シン・きーちゃん氏の説/ オオゲツヒメと狐


お元気様です🫡 今回は「オオゲツヒメと狐」について、ちょっと歴史沼っぽい視点から語ってみたいと思います。 稲荷といえば狐。去年の大河ドラマ「べらぼう」でもキツネ姿の神様役として綾瀬はるかさんが演じてましたね。でも神話を読むと最初から狐は登場しないんです。そこ、あまり気にされてない気がしませんか?

まず登場するのはオオゲツヒメ。日本書紀に出てくる食物の女神で、しかもはっきり「阿波の神」と書かれています。スサノオに食物を求められ、体から食物を出したことで殺され、死体から五穀が生まれるという衝撃展開。つまり五穀の起源神。農耕のど真ん中の神様です。

やがて神様の整理統合が進み、役割が似た神がまとめられていきます。そこで重なってくるのが稲荷神ウカノミタマ。穀物・食物・農耕の神。役割はほぼ一致。こうしてオオゲツヒメは稲荷神へと重なっていく流れが生まれます。

しかしここでも狐はまだ出てこない。狐が現れるのは中世。密教のダキニ天という女神が日本に入ってきたことで物語が急展開します。狐に乗る女神と稲荷信仰が融合し、ついに「稲荷=狐」が完成。 オオゲツヒメ → ウカノミタマ → 稲荷 → ダキニ天 → 狐。 長い宗教リレーのゴールが狐でした。

そしてここで、さらに気になる伝承が出てきます。四国には「空海が狐を追い出した」という話が各地に残っています。巡錫中、狐憑きが蔓延していたため密教の力で封じ、狐は橋を渡って本州へ逃げ、**鉄の橋が架かるまで戻ってきてはならぬと命じられたという**物語。橋は境界の象徴。つまり狐は霊的世界の住人として“追放された存在”として語られるんです。

阿波は古代祭祀を支えた忌部氏の拠点でもありました。国家祭祀に供える食物や麻を支えた土地。食物神が阿波の神として語られる背景が、ここで急に意味深になります。

ここからは私の妄想ですが—— 狐信仰って、食物神信仰の影の姿なのかもしれません。豊穣と富は光。光が眩しいほど影は濃くなるもの…富める者への呪術や祟りという裏面も大きかったことでしょう。空海が本州に追放した狐とは、富める者への負のエネルギーだったのかもしれません。

もしそうだとしたら、富の象徴キツネ稲荷神と同一神とされた阿波の神オオゲツヒメ…日本を富ませた天皇の出身国が阿波だったため、古事記でも稲荷神ウカノミタマと同一神とされるオオゲツヒメが阿波の神とされたのかもしれません。

一度は追い出された狐だけど、瀬戸大橋も架かったことだし狐巫女ちゃんとも仲良くしてくださいね♡ 一緒に歴史沼にハマりましょう!

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/きー(Key)】
お元気様です🫡 日本神話と日本古代史のロマンに、気づけば毎日どっぷり沼っている きー(Key)です。阿波(徳島)を拠点に、文献(古事記・日本書紀など)と現地(神社・地名・遺跡)の両方から、あれこれ想像して深掘りするのが好き。YouTube「シン・きー歴史沼チャンネル」発信に加え、ツアー企画/現地ロケ/ライブ配信/講演もしています。一緒に歴史沼にハマりましょう!🗝️

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ヤマモトタケルノミコト氏の説/阿波はオオゲツヒメ


記紀を読むと、日本の食文化の根源に関わる壮大な物語の中心は【食物の女神・オオゲツヒメ】です。 そして古事記にはっきりと【阿波は大宜都比売命】と。つまり日本の穀物と食の神話は、阿波の地を舞台に始まったと書かれているのです。スサノオノミコトがオオゲツヒメを訪ねたとき、女神は身体からさまざまな食べ物を取り出して料理を作りました。その姿を見たスサノオは怒り、オオゲツヒメを斬り殺してしまいます。ところが、その亡骸の、頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生まれます。

こうして五穀と養蚕が人間の世界にもたらされたと伝えられています。つまりオオゲツヒメとは、自らの命をもって人類に食を与えた大地の母神なのです。これは大自然の循環、春夏秋冬と生まれ変わる命と、破壊と再生を現しています。

また重要な話があります。それは、伊勢神宮外宮に祀られる豊受大神(とようけのおおかみ)との関係です。豊受大神は「食物・穀物を司る神」とされ、天照大神の食事を司る神として崇敬されています。その神格や役割、そして食物を生み出す神話の構造を見ていくと、豊受大神とオオゲツヒメは同じ神格を持つ同神であり、阿波にいた食物神オオゲツヒメの神威が、後に豊受大神として伊勢に迎えられたという流れが見えてきます。 この食物神の信仰と深く結びつく存在が狐です。日本では古くから狐は稲荷神の使いとして知られ、稲や穀物を守る神の使者として崇められてきました。食物神である豊受大神=オオゲツヒメの信仰と、稲荷信仰は自然に重なり、狐は豊穣と食を守る象徴として全国に広がっていったことと考えられます。

また四国には、狐にまつわる不思議な伝承があります。愛媛県今治を拠点とした越智一族の伝承では、かつて四国にいた狐が、人々を惑わせる存在として恐れられ、越智氏がこれを討伐し、四国から狐を追い出したと語られています。そのため現在でも四国には本州ほど狐が多くないと言われる狸の国なのです(笑)。

さらにこの話には、もう一つ有名な伝承があります。四国遍路を開いたとされる弘法大師・空海が、次のような言葉を残したと伝えられています。「四国に鉄の橋が架かったとき、狐は再び四国へ戻ってくる」 これは長い間、象徴的な言葉として語られてきましたが、近代になり瀬戸内海には瀬戸大橋やしまなみ海道といった巨大な鉄の橋が実際に架けられました。すると人々の間で、「空海の予言が現実になって狐が戻ってきたのでは」と語られるようになったのです。面白い話ですね。狐とは何の例えでしょうか? 

追伸。私は狐が秦氏で、狸が忌部氏の比喩と勝手に妄想しています。あの有名なフレーズ「赤い狐と緑の狸」も関係しているかもしれませんね(笑)。

最後に上一宮大粟神社の社伝では、大宜都比売命の別名は八倉比賈神と言われているようで、そうなれば「天石戸別八倉比賈神社」の八倉比賈神は誰なのか問題です。八倉比賈神社は、大日靈女命は=天照大神「日本書紀」と。ただ皇祖神で最高神の天照大神に神階を授けるのも少し不思議な気がしますね。そうなれば、【大宜都比売命=八倉比賈神】と言われる日が来るかもしれません。私がいつも勉強させてもらっているブログもご紹介させて頂きます。
※参考文献 ちゃぼたつ氏のブログ:【妄想の阿波古代史】

纏めると、阿波に降り立った食物の女神オオゲツヒメ。その神威は豊受大神として伊勢に迎えられ、狐はその恵みを守る神の使いとなった。そして一度四国を去った狐は、鉄の橋の時代に再び戻ると語り継がれた。阿波の神話と四国の伝承は、単なる昔話ではありません。それは、食と自然、そして人と神の関係を今に伝える、壮大な歴史と文化の物語なのです。そうそして日本の食は阿波から始まったのです。阿波のご飯がおいしいはずですね。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは

▲オオゲツヒメとスサノオ。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは


【執筆/ヤマモトタケルノミコト】
阿波古代の素晴らしさを広く伝えるために日々走り回っている阿波古代伝道師。とくしまクチコミ大使!(徳島商工会議所)。邪馬台国は阿波だった!ラジオMC(エフエムびざん)。アワテラスラボ 理事長。阿波ヤマト財団事務局長。徳島県 観光審議員。徳島YEG:卑弥呼フェス開催。映画「少女H」撮影上映。徳島JC:映画「佳歩」撮影上映。口ずさめとくしまの歌!開催。

[問い合わせ先]heartfull80@gmail.com


ヤマモトタケルノミコト氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶邪馬台国は阿波だった!(YouTube)
▶▶アワテラス歴史研究所アワラボ(Facebook)
▶▶一般財団法人阿波ヤマト財団(公式HP)




【シーズン2】1話目【完】。

次回は・・・

月読尊と阿波の関係
記事公開日は2026年4月15日(水)。乞うご期待

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】1話目/オオゲツヒメとは




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