歴史・文化
2026/04/15 01:00
あわわ編集部
邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


古代史を通して徳島の魅力を再発見するために連載スタートした「邪馬台国は阿波だった!?」。シーズン1の16話+特別編2話では書き足りないことがまだまだあるということで、なんとなんとシーズン2突入でございます。シーズン1を通して、徳島県民のみなさまへ多少なりとも周知できたのではと思っていますが、老若男女全ての県民に認知してもらえるようシーズン2もパワーアップして続けていく所存です。
シーズン2からニューカマーの執筆者も3名加わり、新たな視点・論説を繰り広げてくれることに期待してます(シーズン1から引き続き執筆していただける5名の皆様にも多謝致します)。
ということで!
この連載を読みながら邪馬台国阿波説に誇りを持ち、畿内説や九州説に負けず劣らず盛り上げていきましょう。

この企画の実はすごいところ
「邪馬台国は阿波だった」と説を唱える人たちでも詳細の各論では完全一致していなくて(そこがまた歴史ロマンにあふれている!)、それぞれ積み上げてきた研究で自身の説を発信しているのが現状。
そこでタウン誌としてできることは何かと考え、それぞれの説を一同に掲載するまとめ記事を企画しました。1つのテーマについて、それぞれが自身の論を展開していく・・・。説を横串にしたことで、微妙な違いを比較することが可能に。
ここが実はすごいところなんです。そんな
無謀かつ挑戦的な企画にもかかわらず、快諾していただいた執筆者のみなさんには頭が下がります。それも一重に邪馬台国阿波説を今以上に拡散していこうという想いから実現できました。

※注※
この連載コーナーは、各執筆者の考え・主張をまとめたもので、あわわWEB編集部として特定の説を支持する立場でないことをご理解ください。内容に関する問い合わせなどにつきましては、各執筆者に直接連絡してください。
また、
本記事の内容は著作権法により保護されています。無断での転載、複製、改変、及び二次利用は固く禁じております。記事自体のシェアは大歓迎です。



邪馬台国は阿波だった!?【シーズン2】21話目/月読尊と阿波の関係


通説
月読命(ツクヨミ)とは

『古事記』は月読命、『日本書紀』は月夜見尊などと表記されている。一般的にツクヨミと言われるが、伊勢神宮・月読神社ではツキヨミとも表記されています。

神話での記述:古事記において、ツクヨミは伊邪那岐命によって生み出されたとされています。月を神格化した、夜を統べる神であると考えられているが、天照大御神の弟神にあたり、建速須佐之男命の兄神にあたる。

ツクヨミは、月の神とされている。しかしその神格については文献によって相違があります。「古事記」では伊邪那岐命が黄泉国から逃げ帰って禊ぎをした時に右目から生まれたとされ、もう片方の目から生まれた天照大御神、鼻から生まれた須佐之男命とともに重大な三神(三柱の貴子)を成す。

一方、「日本書紀」ではイザナギと伊弉冉尊(伊耶那美・イザナミ)の間に生まれたという話、右手に持った白銅鏡から成り出でたとする話もある。また、彼らの支配領域も天や海など一定しない。この、太陽、月とその弟ないし妹という組み合わせは比較神話学の分野では、他国の神話にも見られると指摘されています。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲月読命。






山内雄二氏の説/男神・月読命と阿波における信仰


記紀神話における月読命(月夜見尊)は月の神であり、日の神である姉・天照大神とは対をなし、ともに高天原に住まう神とされる。古来、月読命は夜の世界を治める男神として語られてきたが、一方で、月の持つ女性的なイメージから、絵画などでは女神として描かれる例も見られる。

『古事記』では、月読命は父である伊耶那岐命の命を受け、天照大神とともに高天原に上ったとされるが、もし月夜見命が男神であれば、入界を許されたであろうか。男系による皇統維持という伝統が神代から存在していたと仮定すれば、国つ神である男神は、天つ神の男系血統を乱す可能性があるとして入界を拒まれたはずである。一方、女神の場合は問題視されなかったと考えられる。その例として、伊耶那岐命が伊邪那美命の死後に高天原に入れなかったこと、また須佐之男命が姉である天照大神に会いに高天原に昇った際、当初は拒否されたものの、誓約(うけい)で女神を生んだことにより男系を絶つ存在ではないと判断され許されたことが挙げられる。

『日本書紀』において、月夜見尊が天照大神の命を受けて下界に赴き、もてなしを穢れと断じて保食神を剣で斬り殺す様は、どうみても男神である。では、伊耶那岐命は如何にして、天照大神とともに月夜見尊を高天原に上げることができたのだろうか。弟の月夜見尊を女装させて、姉の補佐役としたと考えれば合点がいく。末弟の須佐之男命が髭面で豪傑として描かれるのとは対照的に、月夜見尊は後世の倭建命のような女装の似合う美少年であり武神としての側面も併せ持っていたと想像することもできる。

さらに、月読命と阿波との関係を検討するために、平成7年に神社本庁が発行した『平成「祭」データ』を用いて、関連の神社を調査した。「月読」を祭神とする神社は全国に381社存在し、徳島県には、西照神社(美馬市脇町)、朝宮神社(徳島市上八万町)、嵯峨天一神社(佐那河内村)十二所神社(美馬市穴吹町)の4社が確認できる。また「月夜見」を祭神とする神社は、全国で178社あり、徳島県には、熊野十二柱神社(三野町)、鎔造皇神社(徳島市加茂名町)、八幡神社(吉野川市美郷)の3社が該当する。

上記の神社のうち、「月読」を主祭神とする神社は西照神社(美馬市脇町)のみである。朝宮神社と嵯峨天一神社では、この命は主祭神・天照大神の配神として祀られている。また、十二所神社および「月夜見」を祭神とする上記の3社においては、月読命あるいは月夜見尊は、多くの祭神のうちの一柱にすぎない。さらに、『改訂 徳島県神社誌』によれば、西照神社の祭神には月読命のほかに宗像三女神(市杵島姫命・田寸津比売命・田心比売命)も祀られており、同社は延喜式内社の田寸神社の論社の一つである。

月読命は三貴子の一柱であるにもかかわらず、記紀における登場場面が極端に少ない。同様に、思兼神も天孫降臨を主導し知恵の神として有名であるにも関わらず、記紀神話の主要舞台である阿波国にこの神を祀る神社は少ない。これは、思兼神が葦原中国(下界)で活躍しないまま、父の高皇産霊神に後継者として高天原に呼び戻されたためではないかと思われる。現在、思兼神は高天原の奥深く宇多賀賢見神社(三好市山城町)で静かに祀られている。

月読命は、『日本書紀』において五穀再生の神である保食神を斬ったことで天照大神の不興を買って以降、「夜の世界を知らす神」として高天原の表舞台から姿を消す。この沈黙こそが、阿波国において月読命を祀る神社が少ない理由の一つと考えられる。興味深いことに、阿波国で唯一月読命を主祭神とする西照神社は、高天原の北向かいに位置する大滝山の頂に鎮座している。同神社からは瀬戸内海が一望でき、宗像三女神が配祀されている。月読命は姉の天照大神に「二度と顔を見たくない」と言い渡された後、弟の須佐之男命の娘達を引き連れて、高天原の北方を守護する神として大滝山を本拠としたのかもしれない。 以上

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲西照神社。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/山内雄二(やまうちゆうじ)】
昭和27年4月、鳴門市に誕生。小学校1年より徳島市南二軒屋町に居住。大学在学中は、山歩き、ジャズ鑑賞、読書が趣味。卒業後、神戸の会社に就職し神戸市垂水区に居住。65歳で職を辞し、徳島に帰還。「うちのかみさん」と国府町で二人暮らし。阿波説の魅力に取りつかれて20年。徳島歴史研究会で年一回、自説の阿波古代史を発表。今年で16回。国府町の「一般社団法人・大御和神社・崇敬会」の事務局を夫婦で運営。

[問い合わせ先]090-1136-7625






ANYA氏の説/


ANYA氏は、今テーマにつきましてはテーマの内容に鑑み、休載となりました。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/ANYA(アンヤ)】
人気の大阪在住の古代史YouTuber。書籍「決定版 阿波の古代史 邪馬台国は阿波だった」。邪馬台国・阿波説ブームのきっかけを作った「ANYAチャンネル」の動画が一冊に! 阿波(徳島)から日本が始まった。日本の起源も邪馬台国も四国にあった。邪馬台国・阿波説ブームのきっかけを作った「ANYAチャンネル」の動画が一冊に! 歴史から消されてきた阿波の古代史が明らかになる。ヤマト政権から天皇家の起源などに関して独自の見解を述べる。 

[問い合わせ先]anyautb@gmail.com


ANYA氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶ANYAチャンネル(YouTube)







中年タケシ氏の説/夜を統べる謎の神・月読命の足跡を追う


こんにちは、中年タケシです。記紀神話において、伊邪那岐命(イザナギ)の禊から生まれた「三貴子」の一柱でありながら、天照大御神や須佐之男命に比して圧倒的に記述が少ない謎多き神、月読命(ツクヨミ)。彼は夜の国「夜之食国(よるのおすくに)」を託されます。

阿波説では「夜」が「予」に通じるとされます。これは「予(よ)の食す国」、つまり古事記の国産みに登場する「伊予の二名島」の解釈に繋がります。「二つの名前のある島」のうち、「伊」が阿波で「予」が伊予(愛媛)を指すとすれば、ツクヨミは四国西部、伊予(愛媛)から阿波にかけての広大な領域を統治していました。

月神の宮・西照神社
美馬市脇町に鎮座する式内社「西照神社(にしてるじんじゃ)」は、古くから「月神の宮」と称されてきました。御祭神は月夜見大神。ここから遥か西側は、太陽が沈み、月読命が治める静かな夜の国が広がります。太陽(天照)の対極にある隠れた領域として、この地はまさに聖域の入り口だったのでしょう。さらに阿波の深部を探ると、吉野川市美郷の「月野」には驚くべき伝承が残っています。

月野の伝承:天から降りた「もう一つの月」
かつて空に二つあった月のうち一つが、この地の絶景を気に入り、光を放ちながら地上へ降りてきた――。その衝撃で山は擂鉢状の盆地へと姿を変え、人々はそこを「月野」と呼び、ツクヨミを祀る宮を建てたと伝えられています。

「月が降りた」という表現は、古代における隕石落下を想像させます。自然現象を神格化し、畏怖とともに受け入れた先祖の記憶が、地名として結晶しているのではないでしょうか。

暦を司る「阿波忌部」の知恵
現在、月野の神は美郷栗木の「広旗八幡神社」に合祀されていますが、かつてこの地を拠点としたのは、高度な農耕・天文技術を持つ「阿波忌部」の一族でした。阿波忌部は、朝廷の祭祀に用いる麻や絹を織り、さらには造船や建築、農業技術までを司ったプロフェッショナル集団です。彼らにとって、月の満ち欠け(太陰暦)を読み解くことは、種まきや収穫の時期を見極めるための「絶対的な科学」でした。

月のリズムは潮の満ち引きを支配し、植物の成長を左右します。暦を操り五穀豊穣を祈る忌部の知恵にとって、夜の主宰者であるツクヨミへの信仰は、生活に直結した切実な神事であったはずです。結びに代えて広旗八幡神社に足を踏み入れると、土地そのものが持つ霊気が際立って感じられます。単なる歴史の跡地ではなく、天体の運行と大地の営みが重なり合っていた時代の名残でしょうか。

月読命という影の主役と、それを技術で支えた忌部氏。阿波の地に刻まれた彼らの足跡は、今も静かに「夜の国」の物語を語り続けています。ぜひ一度、あの厳かな空気に触れてみてください。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲広幡八幡神社①。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲広幡八幡神社②。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/中年タケシ】
「難しい歴史の話は抜き!」をモットーに、徳島の史跡をユルく楽しく巡るYouTuber。キャンプ好きが高じて阿波の歴史の奥深さに目覚め、現在は「歴AWA(レキアワ)」として活動中。中年タケシならではの等身大の目線で、地元の何気ない景色に隠された壮大なロマンを軽妙に綴る。

[問い合わせ先]なし


中年タケシ氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶中年タケシの『歴AWA』でOK!(YouTube)







オキタリュウイチ氏の説/月読命と阿波の関係


◾️そもそも月読命とは?
日本にはいっぱい神様がいるけれども、その中でも"日本三貴神"と言われているのは天照大御神、スサノオ、月読命だというのは皆知ってると思う。イザナギから「月読命は、夜の食国(おすくに)を治めよ」と言われ、その後どこかに旅立つんだ。(徳島では、美馬市脇町に鎮座する西照神社が、神の発祥地として祀られている)。

◾️月読命はどこいった?
阿波(古事記の発祥地)では、それ以降登場しないので、ずっと古代史研究家からは謎の神、どこかに行った神と思われていたんだ。四国の事を、古事記が書かれた当時は「伊予の二名島」と呼ばれていた。月読命は、夜(よ)の国(予の国)を治めていたのではなかろうか。

◾️月読命は、愛媛にお引越ししてた!
その愛媛県ではなんと!月読命と愛比売(えひめ)と言う女神が結婚して「谷上山(たがみさん)」と言う山に降り立って愛媛を作った、という伝承が残されていたんだ!「谷上山」は神の降誕地であるとされており、古祠も残っているんだ。谷上山から山を下って、車で10分ぐらい行ったところに「伊豫神社」という延喜式内社(名神大社)があり、その御祭神はなんと「月夜見命」だった。そして境内社の「弥光井(いこい)神社」では、愛比賣命が祀られている。何という組み合わせか。

さらに面白いのは、延喜式神名帳に出てくる神社で、松山の平野部に神社が8つあるんだが、その中に名神大社が2つもあるんだ。"伊豫神社"ともう一つ、"阿沼美神社"もなんと、月読命を祀っている。他にも、月読命を祀っている神社が多く存在するんだ。
みんなも、時間があったら行ってみるといい。なんか、愛媛の人と交流会したいな!

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/オキタリュウイチ】
オキタリュウイチ ディープ・ブランディング株式会社代表  元真言宗・僧侶 徳島県生まれ。早稲田大学中退。行動経済学に基づく経済心理学を独自の手法でマーケティングに応用し、数々の老舗企業再生等を行う。京都の老舗米屋を2400万円から20億円の売上にするなど、驚異的な成果を生み出す傍ら、同時に社会活動家として、自殺者撲滅や日本財団と共催し障害者の起業支援を行うなど、社会的課題の解決に取り組む。近年は、社団法人「日本神社再生機構」を立ち上げ、滅びゆく日本の神社の再生に従事する。 

[問い合わせ先]office@deepbranding.jp


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▶▶公式ホームページ






百万平氏の説/月読尊と阿波の関係


徳島県美馬市脇町、大滝山の山頂に「月神の宮」と称される西照神社 が鎮座しています。 祭神は月夜見大神と宗像三女神。また、延喜式内社 田寸神社の論社ともいわれています。

西照神社の由緒によれば、月読尊は夜の食国を統括し、航海の神である田寸津姫命とその部族を率いて伊予から阿波国へ移り、大滝山の頂から瀬戸内海、難波、そして大和の動向を監視したと伝えられています。

伊予から来たということは、「夜の食国」とは「予(ヨ)の国」であったとも考えられます。 四国がかつて伊予二名島と呼ばれていたことを踏まえると、やはり阿波は「伊(イ)の国」、伊予は「夜(ヨ)の国」だったのではないかと思います。

古事記で月読尊の登場が少ない理由についても一つの仮説が浮かびます。 それは、月読尊が阿波を離れ、伊予国に滞在していた時期があったからなのではないでしょうか。 実際、伊予国の延喜式内社には月読を祀る伊豫神社があり、田寸津姫命を祀る多伎神社も名神大社の称号を与えられています。

『日本書紀』では月読尊に斬られた保食神が穀物を生みますが、『古事記』ではこの役割を大宜都比売が担います。 書籍『狐の帰る國』によれば、多岐都比売命(田寸津姫命)の呼び名は「タギツヒメ」ではなく「オオギツヒメ」、すなわち大宜都比売を指す可能性があるといいます。

月読尊、田寸津姫命、そして大宜都比売。 この三柱を結びつける阿波の国は、まさに想像力をかき立てる宝庫です。 西を照らした月読尊を祀る西照神社は、とても魅力的な神社でした。

また、徳島県吉野川市美郷の月野集落には、「昔、天に二つのお月様があり、その一つが月野に降りてきた。月が落ちた衝撃で山が円錐形にへこみ、広いなだらかな畑地ができたため、人々は喜んで月読命を祀り、地名を「月野」と名付けた」という伝承があります。

ちなみに、月読の宮は昭和初年に麓の広幡八幡神社へ合祀されたのだそうです。 忌部の信仰と月信仰が交わるこの土地はもっと注目されてもいい素晴らしい所でした。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲西照神社。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲広幡八幡神社。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/百万平(ひゃくまんぺい)】

沖縄在住 観光業に携わる傍ら、趣味で古代史をテーマにした漫画やブログ、作曲を細々とおこなう。好きな都道府県は徳島県。【古代史経歴】●2020年、日本の古代史に興味を持つ。●2021年、出張の合間を縫って各地の神社巡りを開始。●2023年、阿波徳島の重要性に気づき魅了される。同年、Instagramで阿波古代史をテーマにした漫画『籠の中の卑弥呼』連載開始。ヤマモトタケルノミコトさんにいつかお会いすることを夢見る。●2024年、ヤマモトタケルノミコト氏のラジオに出演し夢叶う。

[問い合わせ先なし


百万平氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・

▶▶ももひらももも(YouTube)
▶▶onezerozero_flat(Instagram)






シン・きーちゃん氏の説/#月読命と阿波国


お元気様です🫡今回は「月読命と阿波国」について、ちょっと歴史沼っぽい視点から語ってみたいと思います。月読命は、日本神話では三貴子の一柱。天照大神が太陽、須佐之男命が海や嵐、そして月読命が月を司る神とされています。ただこの神様、神話の中ではかなり影が薄い存在です。

古事記では、伊邪那岐命の禊で誕生したあと、ほとんど活躍が語られません。日本書紀では、保食神を殺してしまう神話が語られますが、それ以降の記述はほとんどなく、日本神話の中でも特に謎の多い神です。

そして気になるのが、月読命と阿波国の関係です。実は古事記・日本書紀・延喜式などの一次史料には、阿波と月読命を直接結びつける記録は確認されていません。むしろ古代祭祀の視点で見ると、阿波で重要なのは忌部氏です。

阿波は忌部氏の本拠地とされ、朝廷の祭祀を支える技術集団として知られています。その祖神が天太玉命と天日鷲命です。天太玉命は天岩戸神話で、天照大神を岩戸から呼び戻す祭祀を司った神とされます。

一方、天日鷲命は阿波忌部氏の祖神で、麻や布など神に捧げる祭具を生み出す神と伝えられています。つまり阿波の祭祀は、月神信仰というよりも、**天照大神を中心とする太陽祭祀を支える地域**として理解しやすいです。

ただ、ここで面白いのが徳島平野の神社配置です。阿波忌部の中心とされる忌部神社の周辺には、月読神社、西照神社、東照神社、さらに天石門別八倉比売神社など、神話や天体に関係する神社が比較的近い範囲に分布しています。これを地理的に見ると、少し興味深い配置にも見えてきます。東側には東照神社があり、名前からは太陽の昇る東方を象徴しているとも解釈できます。西側には西照神社があり、夕日や西方を象徴する神社と考えることもできます。

そして北側には月読神社が位置します。もしこれを意図的な祭祀配置と見るなら、東=太陽昇西=太陽沈北=月という**天体を意識した空間構造**が想定されることになります。その中心に位置するのが忌部神社です。

つまり中央に祭祀拠点があり、その周囲に太陽と月を象徴する神社が配置されていると見ることもできるわけです。もちろんこれは確定した歴史ではなく、あくまで神社配置から見た仮説にすぎません。ただ古代祭祀では、山・川・太陽の昇る方向などを基準に祭祀空間が構成される例も知られています。

そう考えると、阿波という地域が単なる地方の一国ではなく、古代祭祀の重要な舞台だった可能性を想像することもできます。神話、神社、地図。この三つを重ねて見ていくと、古代の祭祀の姿が少しずつ浮かび上がってくるのかもしれません。一緒に歴史沼にハマりましょう!

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲月読命と阿波国。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/きー(Key)】
お元気様です🫡 日本神話と日本古代史のロマンに、気づけば毎日どっぷり沼っている きー(Key)です。阿波(徳島)を拠点に、文献(古事記・日本書紀など)と現地(神社・地名・遺跡)の両方から、あれこれ想像して深掘りするのが好き。YouTube「シン・きー歴史沼チャンネル」発信に加え、ツアー企画/現地ロケ/ライブ配信/講演もしています。一緒に歴史沼にハマりましょう!🗝️

[問い合わせ先]history.key21@gmail.com


きー氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶シン・きー歴史沼チャンネル(YouTube)
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▲上一宮大粟神社の本殿。




ヤマモトタケルノミコト氏の説/阿波の地には「月の神」の物語が秘められています


その神は月読尊(ツクヨミノミコト)、場所は西照神社。 
祭神は月読尊/宗像三女神(田心姫命・田寸津姫命・市杵島姫命)。

神社由緒(概略):上代神世の頃、伊邪那岐尊・高御産巣日神より、竺紫の日向の橘の小戸の阿波狭原に降りて禊祓し心身清淨なる身を以って、山川草木各々の主管者を任命し、天照大神を高天原へ送った。祖国並に大八州国(本州)を統治して、次に夜の食国(筑紫の国即ち九州全域と四国)を統括し、東大和と紀伊の動向を監視するよう命じられた。そこで月読尊は航海の神、田寸津姫命(宗像三神の部族)を率いて伊豫から阿波国に移り、大嶽山の頂きに展望を設けて、瀬戸内海や難波及び大和の動向を監視し、天津神の命令である九州四国を統括した。また空海も二十四才の項に三教指針(神道濡教佛教)の佛教を選んで大嶽山に登り、北面の崖の中腹にて三年修業したそうです。

伝承にある1つでは、月読尊は夜(よる)ではなく予(よ)を治めていて、倭国大乱時に現在の愛媛から卑弥呼の宗女(一族の娘)として当時13歳のスーパーシャーマン(壱与/台与:いよ/とよ)を連れてきたのも月読尊と言われています。月読尊は月氏族を代表する役職名で何代かいて、古代倭では月読族も大活躍していたと考えられます。

月読尊(月)は天照大神(太陽)と素戔嗚尊(海)と並ぶ三貴神であるが、記紀では活躍がほとんど語られない「謎の神」であり、表舞台から姿を隠されています。そこで面白い話をご紹介します、山蔭神齋80世・創成神楽宗家の表博耀氏によると、月読の一族、(サカ)族からお釈迦様は生まれていると。仏教は日本から出た月読一族が中国を通ってインドを周って、色々な教え(宗教)と混ざって、また日本に持って戻ってきたと。そうなると阿波古代の長国(ナーガの国):インド:ドラヴィタ族がつながってきますね。言わずもがなですが、長国=出雲族(インド系)で、歴史も文明も上書きされた一族であれば、記紀に月読尊の登場が少ないのも納得です。余談ですが、祇園祭はシオンが転化した(ノア箱舟7月17日由来)とよく言われますが、祇園祭=祇園精舎となれば由来はお釈迦様インドになりますね。

徳島には芝遺跡があり、阿波忌部が開拓した千葉にも芝山遺跡があります。私はインドのシヴァ神に関係していると思っています。シヴァ神は月信仰に関わる神で、三日月の冠を持つ者と言われていて、息子であるガネーシャ神は月の満ち欠けの起源譚の神話もあり、インドにも月と兎の神話もあります。また月読一族(月氏族)がインドから戻る途中の中国で、一部が「弓月国」を建国し、その一族が秦氏を名乗り、後から倭・日本に凄い技術を持って戻ってきたと私は考えています。月読族(=出雲族インド系部族)が表舞台から姿を消したのは、日本の歴史が当時の統治者に上書きをされたのが理由と思っています。余談ですが、出雲王家の冨家が紋章を『銅矛交差紋』から『大根』に統治者に言われて変更させられていますね。そこの神様も歓喜天(インドの神)です。詳しく知りたい方は、南庄町の法谷寺で探してみてください。

月読尊も月信仰の神として、この阿波の地で崇められていた可能性があります。その後、月の神話は阿波から世界に、太陽の神話は伊勢に、海の神話は出雲に。そうだとすれば阿波とは、月・太陽・海の三大部族が交流した古代倭の中心地だったことを古事記の禊祓で表現している事になりますね。
早く徳島県海陽町の多良古墳等(芝遺跡再調査含め)の発掘が進んで面白い答えが出てきませんでしょうかね。今後に期待しておきましょう(笑)。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲月読尊。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/ヤマモトタケルノミコト】
阿波古代の素晴らしさを広く伝えるために日々走り回っている阿波古代伝道師。とくしまクチコミ大使!(徳島商工会議所)。邪馬台国は阿波だった!ラジオMC(エフエムびざん)。アワテラスラボ 理事長。阿波ヤマト財団事務局長。徳島県 観光審議員。徳島YEG:卑弥呼フェス開催。映画「少女H」撮影上映。徳島JC:映画「佳歩」撮影上映。口ずさめとくしまの歌!開催。

[問い合わせ先]heartfull80@gmail.com


ヤマモトタケルノミコト氏の説をもっと詳しく知りたい方は・・・
▶▶邪馬台国は阿波だった!(YouTube)
▶▶アワテラス歴史研究所アワラボ(Facebook)
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藤井榮氏の説/「隠された神」~(架空神)月読命(つくよみのみこと)~


◎(ウズメ:宇受売)ウ~ン、おじ様、「ツクヨミ(月読)命」様っていらしたのかしら本当に?“ふることぶみ(古事記)”をいくら読んでも天照様や須佐之男様のような活躍の場面が見当たらないんだけど‥‥。 ●(アレ:阿礼)確かにのう‥‥、この前ヤスマロ(安万侶)から来た文(ふみ)にも書かれておらんかのう。 ◎(ウズメ)確かめたんですけど、ヤスマロ様は書いてくれてるようでいて書いて下さっていないというか‥‥。 ●(アレ)なんじゃそりゃあ!? ◎(ウズメ)いえね、天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時の別天つ神(ことあまつかみ)五柱の初めの「アメノミナカヌシ(天之御中主)神」様と、邇邇芸(ににぎ)様と木花之佐久夜比売(このはなのさくやひめ)様との間の御子神三柱の二番目真ん中の「ホスセリ(火須勢理)命」様と同じだと書かれてるの、どういう意味なのかしら? ●(アレ)ハハ~ン、なるほどヤスマロらしいわい。 ◎(ウズメ)えっ、どういうことおじ様? ●(アレ)ウズメや、何度も読んだんじゃろう?“ふることぶみ”を。 ◎(ウズメ)ええ読みましたわ、おじ様のように諳んじられるまでにはなりませんでしたけど(苦笑)。 ●(アレ)じゃあ分かったじゃろうて、もう。 ◎(ウズメ)エエッと‥‥何なのかしら? だって活躍はおろか事蹟さえ何も書かれてないのよねえ。アッ、そうなのね、そういうことなのね! ●(アレ)そういうことじゃよ、ウズメ。 ◎(ウズメ)なるほど、でもどうしてかしら。みんな三柱の真ん中で‥‥動かないというか、一言も発しないなんて‥‥書く意味あったのかしらねえ。 ●(アレ)そりゃあ、ヤスマロは考えてみてはどうかと言いたいんじゃろうて。分かるまで何度でも“ふることぶみ”を読み返すんじゃな。 ◎(ウズメ)ハア~イ!でもホント、どういうことなのかしらねえ。

◆古事記ではイザナギが竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(をど)の阿波岐原(あはきがはら)で禊(みそ)ぎ祓(はら)いをした時に「アマテラス」・「ツクヨミ」・「スサノオ」の三貴子が生まれています。 ◆この誕生地「橘」・「小門」・「阿波岐原」は徳島県阿南市橘のことです。「橘」は現にあり、「小門(をど)」は“後戸(うしろど)”(橘湾の一角の地名)で、「阿波岐原」は“青木”という地名に痕跡が残っています。 ◆つまり古事記は阿波の物語だということですね。 ◆「竺紫の日向」は南九州じゃないの?と疑問を持たれるかも知れませんが、禊ぎ祓いのくだりの「竺紫の日向」は原古事記を改ざん※1して物語の舞台を分からなくするために差し込まれた地名だと考えられるのです。

◆ただ、この三貴子が現実に「橘で生まれたか」というと必ずしもそうではない可能性が高いのです。天つ神「アマテラス」・国つ神「スサノオ」二神とも実在神だと考えられますが外来の神々ではなかったかと思われるのです。 ◆阿波の大先覚岩利大閑(イワリタイカン)氏はその著『道は阿波より始まる』で次のように述べています。 ◆「この三貴人、果たして伊邪那岐命(イザナギノミコト)の実子であったかは判然としない点があります。古事記の中の重要人物の場合は必ずその母の名が記され、大物中の大物はその母の名の上に神を付けて、神‥の比売命と正確に記されるのが通例なのです。 ◆私はこの三貴人は海岸で伊邪那岐命が出逢った高い文化を持った渡来人の貴人(まれびと)ではないかと考えています。」(その一89頁)

◆「ツクヨミ」については、大閑氏は「天照大神の対称として付け加えられた架空神である。」(その三94頁)と解されています。 ◆この「ツクヨミ」について示唆に富んだ解釈をされているのがユング派の分析心理学者の河合隼雄(カワイハヤオ)※2です。 ◆氏は“隠された神々”として天地の初めの「アメノミナカヌシ」、禊ぎ祓いの時の「ツクヨミ」、天つ神と国つ神との出逢いで生まれた「ホスセリ」に注目、この三神を“無為の神”として捉え「中空(ちゅうくう)構造」と名付けて日本人の心の構造にも当てはまるのではないかと考えました。 ◆相対立する二つのもの、神話では活躍する二神、心の構造でいえば意識と無意識、男性性と女性性などを均衡させ深刻な対立を回避する構造になっているのではないか。 ◆「中空」は単なる緩衝地帯ではなく、様々なものを受け止めて多様性を生み出す源としても機能しているのではないかと考えたのです。 ◆それぞれの三神は日本神話体系の中で画期的な時点に出現しており、その中心に無為の神をもつという、一貫した構造になっている。中心の神が「力もはたらきも持たない中心」として、他の相対立する二神の力を「適当に均衡せしめているモデル」を提供している。 これを氏は「古事記神話における中空性」と呼び、日本神話の構造の基本的事実と考えたのです。 ◆「どちらかを善なり中心なり」として規定せずに双方のバランスが取られています。二神の行いを、正と反が入れ替わるように物語の上で調整しているのです。

◆氏は「日本の神話においては、何かの原理が中心を占めるということはなく、それは中空のまわりを巡回している」と指摘したのです。 ◆「日本の神話では、正・反・合という止揚(しよう)の過程ではなく、正と反は巧妙な対立と融和を繰り返しつつ、あくまで“合”に達することがない」とし、正と反の変化が巡回するように続くと考えたのです。 ◆氏が提示した「日本の神話が中空構造である」という視点は、非常に有意義なものです。なぜならこの構造が神話だけでなく、日本人の思想や宗教、政治、社会など、私達の日常のさまざまな場面に表れてくることが実感させられるからです。(NHK100分de名著『河合隼雄スペシャル』こころの構造を探る93・94頁・同『日本人とは何者か?』100~104頁参照)

◆というわけで「アメノミナカヌシ」・「ツクヨミ」・「ホスセリ」三神とも古事記編纂者の考え出した架空神であるということですね。 ◆ちなみに、徳島県内で「月読命」をご祭神とする神社は、徳島市加茂名町「鎔造皇(ようぞうこう)神社」、同市上八万町「朝宮神社」、佐那河内村下「嵯峨天一神社」、美馬市脇町「西照神社」、そして同市穴吹町「十二所神社」の5社です。 ◆全国では約80社鎮座(総本社は長崎県壱岐市「月讀神社」とされる。)しているところ、阿波で5社鎮座というのは群を抜いて多いと言えますね。

 ※1 記紀(古事記・日本書紀)はそれぞれ西暦712年・720年に成立していますが、時の権力者藤原不比等によって改ざんされていることが諸学者の研究により明らかにされています。
※2 日本人で初めてスイスのユング研究所でユング派分析家の資格を取り、日本に初めて「箱庭療法」を紹介した臨床心理学者

【参照リンク】
① わわWEB「邪馬台国は阿波だった!?」(SEASONⅠ)3話「アマテラス」・「スサノオ」は実在外来神、「ツクヨミ」は架空神

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係

▲佐那河内村下宮本「嵯峨天一神社」。

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係


【執筆/藤井榮(ふじいさかえ)】
昭和24年美波町(旧日和佐町)生。平成22年徳島県庁退職。平成26年本格的に阿波古代史の勉強を開始、平成27年「邪馬台国阿波説入門講座」(現「阿波古代史講座」)を開講、令和4年2月古代史塾を起こしHPを開設してYouTube動画配信を開始、同年4月『古代史入門』、同6年2月『甦る皇都阿波(ヤマト)への旅』をそれぞれAmazon電子書籍・印刷本出版、現在に至る。

[問い合わせ先]sakae-f-1949@ma.pikara.ne.jp


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【シーズン2】2話目【完】。

次回は・・・

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記事公開日は2026年5月1日(金)。乞うご期待

邪馬台国は阿波だった!?シーズン2【古代史を通して徳島の魅力を再発見】2話目/月読尊と阿波の関係




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