終始和やかな雰囲気でインタビューを受けていただいた桂小文枝さん。キレの良いトークで、あっという間に時間が過ぎていってしまいました。6月15日(土)の公演にも期待が高まります! さらに六代 桂文枝さんや柳家花緑さん、月亭八方さんをはじめ、そうそうたる面々が揃います。
またとないこの機会をお見逃しなく!
生まれは徳島ですが、4年間は関西の芸大で絵を描いて過ごし、3年間は大阪の編集プロダクションで働いてたので、約7年ぶりの徳島です!
そんな私ですが、なんと!さっそく大物の噺家さんにインタビューさせていただきました!!
上方落語の四天王と呼ばれた五代目文枝が名乗っていた名跡「小文枝」が、27年ぶりに復活!
桂きん枝改め、桂小文枝さんが 今年3月の襲名以来、徳島で初の公演を開催されるというので、
襲名への思い、6月15日(土)に鳴門市文化会館で行われる襲名披露公演について聞いてみました。
―徳島という土地になじみはありますか?
何十年も前やけども、『徳島市立文化センター』で阿波おどりの司会を何年間かさせていただいたことがあるんです。それプラス、徳島出身の噺家・笑福亭学光くんが踊り好きな噺家仲間を集めて「はなしか連」という連をつくったので、踊りに来たこともあります。落語会をした後に徳島の銀行連に加えてもらって踊ってましたね。
―踊られてどうでしたか?
意外とね、重労働っちゅうことがわかりました(笑)。女の人(女踊り)もしんどいやろうけど、身体は伸ばしたままでしょ。その点、男の人(男踊り)は中腰にならなあかんし、足の運びもあるし、腕もずっとあげとかなあかんでしょ、あれがねぇ、意外と痛いのよ。途中でね、腕をおろす訳にもいかんし(笑)。
―襲名されてから約1ヵ月経ちますが、改めて今のお気持ちはいかがですか?
我が一門にとっては、「小文枝」という名前はすごく大きくて大事で。弟子のほとんどが、師匠が「小文枝」時代に弟子入りしていますから。もう触ってはいけない印象の、誰も継げないだろうというくらいのね。そやけど、その師匠の奥さんが88歳になりはるんですが、「わて、もう短いで」と。「あと何年生きられるかわからん。わての生きている間にもういっぺん小文枝の“なびら”を見たいねん」って言いはったんです。この言葉にグッときて、親孝行になるんかなという気持ちで決心いたしました。周りの人たちも、一門の皆も応援してくれましたし。周りに押されて、ところてんのように出てきたと(笑)いうくらいの感覚でしょうか。私一人やったらやっていないかも。
―先代はどんな方でしたか?
うちの師匠はね。普段はおとなしいんですよ。日頃、
―6月15日の襲名披露公演への思いを聞かせてください
このメンバーはすごいですよ。私もびっくりしたんですけど。一人で看板をはれる人ばかりですから、襲名とか特別な公演でないと集まりませんよ。このメンバーで一堂に会するのは最初で最後ではないかなって思います。
―今回、出演者の皆さまについて、何かエピソードがあれば教えてください
うちの兄弟子(六代文枝)の襲名のとき、私は全ての公演に付いてまわったんです。今度は逆に、兄弟子が私の襲名に全て一緒に付いてくれることになっているんです。ところが、兄弟子が言うには、「僕が襲名したとき、お前は60歳前半だったから、まだ体力があっただろうけど、今回、僕は70歳を越えてんねんぞ、そりゃ体力的に違うやろ。付いてはまわるけど、しんどいで、僕は」って言ってはったけど(笑)。
―最後に徳島の方にメッセージをお願いします!
さっきも言ったように、この顔ぶれで徳島へ来るっていうのは、おそらく最初で最後になろうかと思います。また、襲名興行ですから普通の落語会にはない口上もありますんで、それを考えたら本当に観ていただいて損は無いんじゃないでしょうか。この機会を逃したらもう観てもらえないでしょうね。そういうのがお好きな方、まあ落語好きじゃなくても見てみたいと、わからなくても雰囲気を味わいたいという方に来ていただいても十分楽しめると思います。
終始和やかな雰囲気でインタビューを受けていただいた桂小文枝さん。キレの良いトークで、あっという間に時間が過ぎていってしまいました。6月15日(土)の公演にも期待が高まります! さらに六代 桂文枝さんや柳家花緑さん、月亭八方さんをはじめ、そうそうたる面々が揃います。
またとないこの機会をお見逃しなく!